鹿児島の離島のサードウェーブソルト
ZOOMの画面に古民家の居間が映し出されて、インタビューが始まった。
取材協力者を紹介してくれた人は東京、私は岐阜、インタビューの受け手は鹿児島県の離島にいる。実際に会いに行かずとも初めましてと挨拶ができるのは、コロナの残した数少ない恩恵だろう。
「99年に島で私の父が塩作りを始めて、私が引き継いでから10年になります」
と語る。端々に現れる鹿児島弁が印象的だ。
初めて私が彼の作る塩を食べたのが、一年ほど前。一口舐めた瞬間、目の前に海の情景が広がり波の音が聞こえるような感覚を覚えた。複雑で奥行きを感じる味わいは、まさに衝撃。こんなに美味しい塩があったのかと、それ以来おにぎりや卵かけご飯、刺身など特に直接塩を味わう料理には必ずいただいた塩を使うようになった。
こんなに美味しい塩を、一体誰がどうやって作っているのか。
我慢できずに塩を送っていただいた方に連絡を取り、今回のインタビューが実現した。
「私の塩作りのこだわりは3つ。海水を摂るタイミング、場所、鉄釜を使うことです」
「まずタイミングでは、満潮時の海水だけを使うこと。満潮の時と干潮の時にくむ海水では味がほんのわずかですが変わります。満潮の時の海水では塩の味がより複雑になり、干潮時では塩味が強くなります。また海水を汲む場所によっても、その地形が違えば海水に流れ込むミネラルの含有量が変わってくるので、味に影響が出ます。それから、塩を炊くときに使う鉄釜。これによって塩にわずかに鉄分が溶け出すため、塩に酸味が混じります。」
まさにこの地でしかできない、もっと言えば、彼にしか作れない塩なのだ。
「塩を取り上げるタイミングによって、含まれるにがりの量を調整できます。海水を炊いていくとカルシウムがまず最初に結晶化しますが、カルシウムには味がないため、そのまま放っておくと塩味が薄まってしまう。だから最初にカルシウムを取り出します。その後、にがりの量を調節できるようタイミングをみて塩を取り上げます。」
美味しい味の定義は?という問いに対しては、「余韻が残る味が好き」との答えが笑顔と共に帰ってきた。
これは、今ではすっかり定着した感のあるスペシャルティコーヒーにも通じるものがある。作り手の価値観が、そのプロダクトにダイレクトに反映されるのだ。
かつては大手による大量生産がメインで画一的な味しかなかったコーヒーが、今では個人経営のロースタリーカフェが産地や豆の品種ごとの微妙な特徴を焙煎によって引き出すことで、多種多様な味わいを持つ飲み物に生まれ変わった。
島での塩作りには苦労も多い。燃料として釜にくべる薪の量は一回につき軽トラック一杯分。流木や解体した家屋の廃材、電線に引っ掛かるなどして切り取られた枝など、自然のものを集めてきて使う。
また島には広くて高い場所もなく、また冬には風が強くなるため高い建造物を建てることもできない。だからあらかじめ塩分濃度の高い状態の水、鹹水を作っておくことができない。結果海水から炊くことになるため、時間がかかる。
思わず「大変だ」と言葉が口から漏れてしまう。
幼少期から父の仕事の関係で海外各地、特に発展途上国で暮らしてきた。そのような経験から、都会ではなく島暮らしに満足している。
「のんびりできるところがいい」
そう話す彼の向こうに、波の音が聞こえるような気がした。